柴崎岳 年俸と市場価値・プレースタイルは?なぜ戦犯扱いをされたのか?

サッカー

カタールワールドカップ最終予選の初戦で、日本はオマーンに0対1とまさかの敗戦を喫してしまいました。

第2戦をなんとか勝利した日本でしたが、第3戦のサウジアラビア戦でまたも0対1で敗れてしまいます。

初戦のつまずきが、尾を引いている部分もあり、いまいち波に乗り切れないでいるように感じます。

その第3戦で、戦犯扱いされてしまった選手がいます。

記事や動画での反響は物凄く、正直そこまで叩くのはどうなのか?と感じるほどでした。

その選手こそ、現在スペイン2部リーグのCDレガネスに所属する柴崎岳選手です。

ポスト遠藤保仁と呼ばれていた柴崎選手も、来年には30歳になります。

前回のロシアワールドカップでも、ボランチとして活躍してくれた柴崎選手ですが、好不調の波が以前より激しくなったとは思います。

それでも、持ち前のボールコントロールとキックの精度は健在で、まだまだ司令塔として日本代表を支えてくれる存在だと思います。

キャプテン翼で例えると、個人的には「フィールドの貴公子 三杉淳」だと思います。

あまり接触プレーが得意でない部分も似ていると思いますね。

しかし、柴崎選手は2016年に出場したサッカークラブワールドカップのレアルマドリードとの決勝で、素晴らしいボレーシュートを含む2得点を決めたことで「リアルキャプテン翼」だと報道されたことがあります。

どちらにしても、素晴らしい才能とテクニックを兼ね備えていることだけは間違いありません。

今回は、そんな日本のレジスタ(司令塔)柴崎選手をご紹介します。

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柴崎岳選手の幼少時代

柴崎選手の出身小学校は、野辺地町立野辺地小学校です。

同小学校からの有名人は、見つかりませんでした。

柴崎選手がサッカーをするきっかけは、9つ上の兄と3つ上の兄がサッカーに興じていた影響でした。

小学校1年生の冬に、3つ上の兄が所属する地元青森県の野辺地SSSで本格的にサッカーをスタートさせ、すぐに頭角を現していきました。

2人の兄の存在は大きかったですね。さすがに9つ上の兄には勝てませんでしたが、基本的な技術を一緒にやって教えてくれました。3つ上の兄は同じチームに所属していたので、より実践的な1対1やボールの奪い合いをしていた記憶があります」

「両親は自分の取り組みや考え方を尊重してくれた」日本代表 柴崎岳選手が振り返る両親のかかわり方 | サカイク (sakaiku.jp)

身近に目標となる兄弟がいたことが、柴崎選手の能力を引き上げる力となったことがよく分かります。

小学生のときの年齢の違いは、フィジカル的にも技術的にも大きく違います。

それをどうにかしようと考えながら努力したことで大きく能力が向上したのだと思います。

その甲斐もあって、小学校時代からその才能はメキメキと開花され、小学6年生のときには県大会優勝にも貢献しています。

柴崎岳選手の中学時代

柴崎選手は、青森山田高校のサッカー部の黒田剛監督からのスカウトを受け、中学は親元を離れ青森山田中学校に入学しました。

青森山田中学校出身の有名人は、卓球の水谷隼さんや福原愛さんがいらっしゃいます。

黒田剛監督は、青森山田中学サッカー部の総監督も務めているため、柴崎選手の存在を小学生のときから知っていたためスカウトしたそうです。

小学校時代の柴崎選手のプレーを見て、「一人だけ次元が違った」と話しています。

小学生のときから非常に周りが見えていて、まるで次元が異なるプレーをしていたのを覚えています。彼の最大の特徴は、360度近い視野を持っていて、すべての選択肢のなかから一番いいものを選んで、そこに正確にパスを出せる技術があるということ。

「小学生時代から人並みはずれた選手だった」――。柴崎岳が歩んだプロへの階段 | フットボールチャンネル (footballchannel.jp)

これも、幼少期にお兄さんたちとボールを蹴っていたことが大きく影響しているのでしょう。

学年が違えば、かかるプレッシャーは同学年の比ではありません。

もちろん、本人の能力が高いのは間違いないのですが、余裕をもってプレーできていた証拠でもあります。

中学3年生のとき、レギュラーの座を掴み、全国大会で準優勝に輝くなど好成績を収めています。

柴崎岳選手の高校時代

柴崎選手は、中高一貫のため、そのまま青森山田高等学校に入学しています。

青森山田高校出身の有名人は、テニスの錦織圭さんが卒業生です。

高校1年生にして、チームの司令塔として背番号10を背負い、中心メンバーとして活躍しています。

青森山田高校といえば、第100回全国高校サッカー選手権大会を圧倒的な強さで優勝していましたね。

そんな高校サッカー界でも有名高校で、1年生から10番ってどんだけ期待されてんだよって話ですよ。

そして、2年生のときには、第88回大会の全国高等学校サッカー選手権大会で準優勝に輝いています。

この段階で、多くのJリーグのチームからオファーがあり、高校2年生にして鹿島アントラーズと仮契約を結んでいます。

はっきりいってスゴイの言葉しか浮かびません。

柴崎岳選手の年俸と市場価値推移

年度年齢チーム年俸
2011年19歳鹿島アントラーズ360万
2012年20歳鹿島アントラーズ1000万
2013年21歳鹿島アントラーズ1500万
2014年22歳鹿島アントラーズ2000万
2015年23歳鹿島アントラーズ3500万
2016年24歳CDテネリフェSAD5000万
2017年25歳ヘタフェCF1億
2018年26歳ヘタフェCF1億
2019年27歳デポルティーボ・ラ・コルーニャ2億4000万
2020年28歳CDレガネス2億4000万
2021年29歳CDレガネス2億4000万

スペインへの移籍後に年俸が大幅に上がっていることが分かります。

これは、スペインリーグが、Jリーグよりも給料が上がりやすいことを示唆した結果といえるでしょう。

年度年齢チーム市場価値推移金額
2011年19歳鹿島アントラーズ1300万
2012年20歳鹿島アントラーズ4550万
2014年22歳鹿島アントラーズ1億3000万
2015年23歳鹿島アントラーズ2億6000万
2017年25歳ヘタフェCF2億6000万
2018年26歳ヘタフェCF3億9000万
2019年27歳デポルティーボ・ラ・コルーニャ1億9000万
2020年28歳CDレガネス1億3000万
2021年29歳CDレガネス1億3000万

2012年は、鹿島のナビスコカップ連覇に貢献し最優秀選手賞、Jリーグベストヤング賞を受賞したことで市場価値が急激に上がっています。

そして、2016年の12月18日に行われた、クラブワールドカップの決勝で、レアル・マドリードを相手に2ゴールと活躍したことで、さらに市場価値を高めていきました。

スペイン移籍後は、順調に市場価値を上げていきましたが、ヘタフェCFのホセ・ボルダラス監督の構想外となったことで、試合出場がかなわず市場価値を下げる結果になりました。

さらに、デポルティーボ・ラ・コルーニャでは、チームが3部降格の憂いにあったことで現在の状況となっています。

柴咲岳選手にはどんな特徴が?

歴代の日本代表のボランチの選手で、一番に名前が上がる選手は、来期J1に昇格するジュビロ磐田所属で歴代No1のCap数152を誇る、遠藤保仁選手で間違いないでしょう。

遠藤選手は、正確なキックを武器に試合をコントロールし、攻撃のスイッチを入れるレジスタタイプの選手でした。

この遠藤選手のプレーが、今の日本代表のボランチ像を形成しているといっても過言ではありません。

そんな遠藤選手自らが、ポスト遠藤だと言った選手が柴崎選手なのです。

他にも色々な選手の名前が上がりましたが、現代表で残っているのは柴崎選手だけになります。

柴崎選手は、若手の時から遠藤選手のプレースタイルとよく似ていましたが、遠藤選手よりもより攻撃的な選手です。

自らもゴール前に顔をだし、ゴールをどんどん狙いに行きます。

運動量も豊富でドリブルも得意なので、ボランチよりも1つ前のポジションになる、インサイドハーフなどのポジションのほうがむいているのかもしれません。

そんな柴崎選手が、海外から注目される存在になったのは、2016年のクラブワールドカップでしょう。

決勝戦まで勝ち上がった前所属の鹿島アントラーズは、ヨーロッパチャンピオンで世界屈指のビッグクラブであるレアルマドリードと対戦しました。

柴崎選手は、この試合で素晴らしいボレーシュートを含む2ゴールを奪いました。

試合は、4対2で敗れてしまったものの、柴崎選手の存在は海外からも注目され、「日本のイニエスタ」と評されるものとなりました。

攻撃面では文句のつけ所がない柴崎選手ですが、守備面では不安が拭いきれない選手でもあります。

ボディコンタクトに弱いため、球際で取られるという場面を若手の時にもよく見られました。

現在は前よりも改善されているように感じますが、それでもデュエルを求められる現代サッカーでは、心もとないと言わざるを得ないです。

サウジアラビア戦の失点はなぜ起きた?

最終予選第3戦のサウジアラビア戦でのパスミスから失点したことで、戦犯扱いされてしまった柴崎選手ですが、本当に問題があったのは本人だけなのでしょうか?

確かにミスをしたのは柴崎選手でしたが、それまでの過程を見るとそこだけが問題だったとは思えません。

右サイドでボールを持った酒井宏樹選手(映像:5:16~)が、中央から右サイドへ戻ってきた原口元気選手にパスを出します。

一つ目の問題は、原口選手のパスがプレッシャーを受けながらのため、強くなり過ぎた部分と、受け手側になる柴崎選手のポジショニングが悪かったことが挙げられます。

映像で見るポジションよりも前でもらっていたのなら、もう少し原口選手はパスが出しやすかったでしょうし、そのあとの展開として前線で待っている古橋享梧選手が得意とする、相手ディフェンスの裏をつく動きにあわせて柴崎選手がパスをだせたと思います。

原口選手とのパス交換がうまくいかなかったことで、柴崎選手は後ろをむいた状態でプレーすることになりました。

正直、ビルドアップする状況でなかったので、バックパスはしかたがなかったと思います。

そして二つ目の問題は、バックパスしかパスコースがなかったことです。

中央には、遠藤航選手が戻ってきていますが、あの位置ではボールをもらうことができません。

もう少し早く下がってきて中央にボールを要求すれば、パスコースが二つになり、対処の幅が広がったと思います。

三つ目は、吉田麻也選手のポジショニングが、もう少しライン際でもらう動きができていればよかったことです。

吉田選手がライン際でボールをもらう動きを見せれば、相手選手も同様の動きをするでしょう。

そうなれば、中央のスペースができるので、中央の冨安健洋選手にボールを出すというアイデアもできたと思います。

確かに失点をなったシーンで、パスミスをしたのは柴崎選手ですが、修正すべきポイントはたくさんあります。

すべての敗戦は、チーム全体の責任です。

誰か一人に罪を擦り付けるようなことはしてはいけません。

ミスは必ず起こるものなので、それをカバーし合うことが大事ではないでしょうか。

そして次につなげてくれたらいいなと思います。

今後の日本代表に柴崎選手は必要か?

来年には、柴崎選手も30歳になります。

まだまだ老け込むような歳ではないにしても、刻一刻と世代交代の波が近づいていることは間違いありません。

それでも、柴崎選手は日本代表には必要な選手だと私は考えます。

所属のCDレガネスでは、代表招集での欠場以外は、17試合出場ですべてが先発出場しています。

チームではボランチからインサイドハーフにポジションをあげてプレーしており、持ち前の攻撃センスをいかんなく発揮しています。

所属チームでも活躍していますし、今の日本代表のシステムと同じ4-3-3でプレーしていることは日本代表にもプラスにはたらくと思います。

柴崎選手がボランチに入ると、もう一人のボランチは守備に力を入れざるを得ない状態になることが多かったです。

バランスの取り方も難しくなり、その隙をつかれることも多々あったので、4-3-3のインサイドハーフのポジションのほうが、柴崎選手には合っていると思います。

しかし、そのインサイドハーフのポジションに多く起用されているのは柴崎選手ではありません。

現在は、ポスト柴崎の最右翼と言われている、田中碧選手が起用されています。

2021年6月にドイツ2部リーグのデュッセルドルフに移籍した田中選手は、遠藤保仁選手・柴崎選手と続くレジスタタイプの選手として注目をされています。

確かに田中選手は、柴崎選手と同様に足元の技術に優れていて、フィジカル面は優っていると思います。

今後数年の間には、世代交代がくると思いますが、一人の選手だけで最終予選を乗り越えれるとは思いません。

それは、今までのワールドカップ予選が物語っています。

柴崎選手のような経験値をもった選手が、必要になるときがやってきます。

チーム一丸となって戦わなければ、最終予選は通過できません。

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